
三基とも安山岩で造られているが、それぞれが誰の墓なのかは不明である。両端は同型で東側地輪左側面に貞治四年(1365年)閏9月16日の刻銘があり、室町時代の造営であることが判明した。中央の塔はさらに古く鎌倉時代初期のものと考えられる。従って中央が遠光、東側が光朝、西側が光朝の夫人であると推測される。秋山光朝は文治元年(1185年)秋、鎌倉勢に攻められ、雨鳴城において夫人とともに自害した悲運の武将である。
データ
所在地/南アルプス市
所有者、管理者/秋山光朝公奉賛会
指定年月日/昭和42年10月1日
備考/